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松江地方裁判所 昭和34年(わ)30号 判決

被告人 長光義郎

大一五・一・七生 労組役員

主文

被告人を懲役三月に処する。

但し、この裁判確定の日から一年間、右刑の執行を猶予する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和三一年六月から全逓信労働組合島根地区本部書記長たる地位に在り、昭和三三年一二月三日から同月九日までの間、組合員たる松江市曰潟本町所在松江郵便局の職員が、同郵便局を拠点として、中央本部の指令のもとに、団交再開、年末繁忙手当の制度化等の要求を掲げ、業務規正、年休消化、時間外労働拒否、担務変更拒否、滞貨順送り方式の強行等の具体的な方策を採用して、いわゆる年末斗争を行つた際には、同組合島根地区本部の副委員長高橋義之、執行委員大平隆俊、同五明田立身等と共に、「オルグ」として右斗争に参加し、その指導に当つたものであり、一方、松江郵便局管理者側においては、右組合が、元来、被解職者を役員に選出している法外組合であるとの理由でこれとの交渉を拒否すべしとの中央の指示を守つて、組合側との話し合いを一切拒むと共に、右斗争に備えて、業務の正常な運行を図るため、局長より各課長等に対し、互に郵便業務に協力するよう命じていたところ、右斗争期間中たる同月五日午前中、松江郵便局において、年末における事務の繁忙に加えて、休暇中の郵便外務員二名の代替者補充についての折衝、時間厳守を中心とする規正斗争等の影響もあり、市内第一二、一三区の一号便に約四七〇通の持戻り郵便物が生ずるや、管理者側としては、組合側との話し合いをなさず、又、非常勤職員をしてこれに当らせるべきであるとの組合側の主張をも無視し、二号便配達員をして、右郵便物を配達させようとしたので、被告人を含む前記組合側幹部は、相前後して同郵便局郵便課の郵便道順組立室に至り、同日午後一時二五分頃、同組立室内東北部窓際に置いてあつた乙号卓子の附近で、管理者側をして、右持戻り郵便物につき、団交再開を余儀なくさせるため、フアイバーの中に該持戻り郵便物を入れて右卓子の上に置き、これを背にして立並び、以て、右郵便物をその実力支配下に置いてこれが引渡を拒み、右郵便物の占有を回復して、本務者にこれが配達をなさしめんとて、その場に集つて来た同郵便局の郵便課長千代延左右馬、会計課長竹内正路、庶務課長代理三宅孝共等管理者側数名の者にこれを奪回されることを阻止すべく同人等と揉み合つたが、その際、被告人は、右千代延郵便課長の背広の右襟を掴んで引張り、これを咎めた右竹内会計課長のネクタイとワイシヤツを一緒に掴んで突き上げるようにし、更に、右三宅庶務課長代理の肩から首を腋で抱え込み、右足をかけて捻倒そうとし、以て、同人等の職務を執行するに当り、これに対して、暴行を加えたものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

本件犯行は、これを包括的に観察し、一箇の犯罪が成立する場合に該当するものというべく、被告人の判示所為は、刑法第九五条第一項に該当するので、所定刑中懲役刑を選択し、その刑期範囲内において、被告人を懲役三月に処し、情状により、同法第二五条第一項第一号によつて、この裁判確定の日から一年間、右刑の執行を猶予することとし、なお、訴訟費用は、刑事訴訟法第一八一条第一項本文を適用して、これを全部被告人の負担とする。次に、弁護人は、本件トラブルは管理者側の攻撃的集団行動に対する組合側の受働的、防衛的制止行為であつて、正当な行為である旨主張するけれども、前掲各証拠によれば、組合幹部側が判示の如く管理者側数名の者と揉み合つた際に被告人が判示の如き暴行に及んだものであることは明らかであつて、右揉み合いが、管理者側をして、持戻り郵便物につき団交再開を余儀なくさせんがためなされたものであつたとしても、被告人の右暴行それ自体は、団体交渉権回復のためとられた已むを得ない行動とみるべき限界を明らかに逸脱しており、即ち、正当行為の範囲を超ゆるものと解するのが相当である。

なお、本件公訴事実によれば、本件犯行の際、被告人は、靴履きの右足で庶務課長武政円次の左前下腿部を数回蹴り、同人をして全治一週間を要する左前下腿部打撲症を負わしめたものであるというにあるところ、同庶務課長に対し、右の如き暴行がなされたとの点につき、更新前の第八回公判調書中証人武政円次の供述記載部分、同第九回公判調書中証人三宅孝共の供述記載部分及び当公判廷における右両証人の各供述のうち、これに符合する部分があるけれども、判示の如き揉み合いが郵便道順組立室内の通路の一部分たる僅々幅八〇糎余、長さ二米余の極めて狭い場所で、組合側、管理者側合せて一〇名余の者によつて行われたこと、武政庶務課長受傷の事実は、当日午後四時頃、局長室において、初めて同庶務課長によつて告げられ、それまで何人もこれを覚知しなかつたこと等諸般の情況に鑑み、この点に関する右両証人の供述或いは供述記載部分は、容易にこれを措信し難い。医師木村信明作成の診断書、更新前の第七回公判調書中同人の証人としての供述記載部分等により、判示の如き揉み合いのあつた際、何等かの原因により、武政庶務課長が公訴事実にいうが如き打撲症を蒙るに至つたことを窺うことができるけれども、それが被告人の暴行に基因するということは、これを首肯せしめるに足る証拠が十分でない。結局、犯罪の証明がないことに帰するけれども、判示犯行と一箇の行為にして数箇の罪名に触れる場合、即ち、一罪の関係に在るものとして起訴されたものであるから、この点につき、特に主文において、無罪の言渡をなさない。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 組原政男 栄枝清一郎 吉田宏)

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